2012年11月28日水曜日

Doctor's File の取材を受けました。


綱島駅から歩いて6分。綱島小学校近くの住宅街にある「くればやし歯科医院」。知らない人にはわかりにくい場所にありながら、クチコミで通院患者が広がっている。院長の紅林尚樹先生は、診療に関する説明も優しく理解しやすいように話してくれる温厚な人柄。このため、院内で働くスタッフや患者から笑顔が絶えない。患者のなかには子どもたちも多く、治療が終わって虫歯ゼロの記録を達成すると、記念写真が待合室に飾られる。クリニックとしてめざすのは、「口腔育成」と「未病支援」。歯を残すための治療を専門とし、虫歯にならない・歯周病を進行させないことを第一としている。また、週刊朝日ムック「Q&Aでわかる『いい歯医者』2013」で取り上げられるなど、メディアからの注目度も高い。そんな紅林先生は、細菌学のスペシャリストでもある。院内で細菌の研究にあたっているほか、大学でも講師として活躍している。インタビューでは、予防中心のクリニックとした理由や地域医療に対する思いをうかがったが、飾らない雰囲気がとても心地良い印象だった。
(取材日2012年10月24日)


小学生2人の患者から学んだ予防治療の重要性

―先生は、こちらで診療されるようになってから長いのですか?

私は、この綱島で生まれ育ったんですが、自宅で開業したため、ずっと地元にいることになりますね。この地域には、幼なじみも多く、いろいろと助けられています。その反面、昔から私を知っている人も多いので、頭が上がらないこともよくあります(笑)。開院当初は、同級生たちが通院してくれることで、何とかもっていたという面もありますから。開院が1993年の10月で、その後、2004年に大がかりな改装をしました。その際、それまでは2台しかなかったユニットを5台に増やしました。3台については、「健康づくりコーナー」という名前をつけ、衛生士専用としました。予防のためのケアを専門的に施すために導入したんです。まず、予防を中心的にしたいと考え、そのためにはユニットを増やさなければならない、ユニットを増やすには……ということで現在のような形になったわけです。
―なぜ、予防を中心にと考えるようになったのですか?
以前、開業して3年目くらいだったと思いますが、当時、2人の小学生のお嬢さんが通院していました。虫歯の治療で来ていたんですが、いったん治してもまた半年くらいで虫歯をつくって来院するんですよ。それも、常識的ではない場所に。虫歯には、できやすい場所というのがあるんですが、そうではないところにつくってしまうんです。最初のうちは、私も、「ああ、またこんな難しい問題をくれた」というふうに、ある意味で楽しみにもしていました。歯科医師としては、チャレンジですからね。でも、そのうちに、これは違うと思うようになったんです。治しては虫歯になり、治しては虫歯になりという連鎖を根本から断たなければならないと考えました。そこで、衛生士と相談し、もっと予防について学ぼうということになったんです。およそ3年間、水曜日の午後を予防の勉強の時間にあて、土曜の午後には、予防目的の患者さんだけに来ていただき、そのケアに取り組みました。さらに、診療室自体を変えようということになり、5ヵ月間、すべての診療をやめ、同じ場所に新しいクリニックを建てたんです。
―予防中心の診療はどのように進めているのですか?

まず、予防を始める前に、その当時に来ていた患者さんに説明し、口腔内の細菌をすべて調べさせていただきました。データを分析し、その結果、それぞれのパターンにどのような予防が必要なのかを明らかにしました。一人ひとりの状況が違うため、それぞれに合った方法があるわけです。要はオーダーメイドなんです。汚れの取れやすい人もいれば、取れにくい人もいます。また、唾液がサラサラしている人がいる一方で、粘性のある人もいます。歯並びの良い人と悪い人とでは、同じ歯ブラシを使うわけではありませんし、歯の数や位置によっても磨き方が違います。また、歯と歯茎の間などは、衛生士がクリーニングしますが、そういったフォローがどの程度まで必要かということについても、人によって段階が異なるんです。さらに、歯並びや噛み合わせが悪すぎて歯磨きがきちんとできないという子どもなどがいます。そこで、当院では、矯正のドクターも呼んで治療にあたっています。ただ、私は、もともと保存科の専門医で、なるべく歯を残すというのが基本的な考え方なので、原則として歯を抜かず、顎を広げるといった方法で矯正を進めています。

子どもを対象に、砂糖の実験教室を開催。口腔ケアに関心を持てるイベントを

―先生の診療に対するこだわりなどについて伺えますか?

「未病」という言葉があります。これは、健康の範囲内ではあるものの、病気になる手前の状態のことです。私は、すでに口の中に細菌感染が起こっている場合でも、発症しなければ良いと考えています。菌の量をうまくコントロールすれば、虫歯や歯周病を発症するのを防ぐことができるんです。歯が抜けてしまうのは、細菌量が増えて酵素活性が高まり、歯を支えている骨が溶けてしまうからです。病気が悪化し、最終的に歯が抜けてしまうなどの事態を防ぐために、菌の量をコントロールすることができれば、「未病」の状態で維持することが可能です。また、「口腔育成」といって、子どもたちの口の中を健康なままで成長させていくという取り組みもあるんですが、そうしたところへ力を注ぐのも私たちの使命だと考えています。
―患者さんへの接し方で心がけていることなどはありますか?
とくに意識することなく、自然に接していると思います。大人の方には丁寧に、子どもの患者さんに対しては、こちらも子どもっぽくなってしまっているかもしれません(笑)。ただ、私も若い頃には、いわゆる“上から目線”だったと思います。患者さんに対して偉そうなことを言っていたこともありました。でも、27歳の時、たまたま自分のレントゲンを撮ってみたら、実は歯周病になりかかっていることがわかったんです。自分としてはきちんとケアをしていたつもりだったので、大きな衝撃でした。そこから、患者さんへの対応が変わっていきました。そもそも、歯周病菌は、親や妻・夫などのパートナーから感染することがほとんどです。それは、愛情からくるものであり、うつした人にも、うつった人にも非があるわけではないんです。そう考えると、患者さんを叱ることなんてできませんよね。それに、現在のこのクリニックでは、昔の私を知っている患者さんばかりなので、上から目線になるなんて無理です(笑)。だから、私とスタッフ、患者さんみんなが輪になって手をつないでいるような診療室にしようと決めたんです。
―ところで、待合室のモニターで流れていた、ジュースを使った実験はどのような取り組みなのでしょうか?

あれは、「お砂糖実験」と呼んでいるイベントです。年に2回、すでに10数回は開いていますね。治療に通っている子に声をかけて、日常的に飲んでいるジュースを持ってきてもらい、その中にどのくらいのお砂糖が入っているのか、機械を使って調べるんです。1日に必要な量は5gくらいですが、それは実際にはどのくらいなのか、それ以上摂取するとどうなるのかといったお話を衛生士が中心となって伝えています。ただ、一概にジュースがダメというような言い方はしていません。砂糖は最速にして最大の栄養素です。脳に届くのは砂糖しかありませんので、その必要性についてもきちんと話しています。歯だけでなく、全身に関わるお話ですね。砂糖イコール虫歯ではなく、体にとっては必要なもので、その摂り方に問題があると虫歯になってしまうということを知ってもらいたいと考えたんです。
―なぜ、こういったイベントを開いているのですか?
それは楽しいからですね(笑)。当院は、トップダウン方式ではありません。歯科衛生士や医療事務のスタッフを含め、全員が対等です。むしろ、女性の中で私1人が男性なので肩身の狭い思いをしていることがある気がします(笑)。でも、実際のところ、こういったイベントをはじめ、スタッフから積極的な意見をいただくことが多いんですよ。夏休みにも、生活が乱れるのを防ぐために、質問形式のゲーム性のある掲示をしていました。内容は、あくまでも口腔清掃のモチベーションを上げるテーマでした。こうしたイベントを通して、子どもたちとさまざまな会話をするきっかけをつくっているんです。

めざすのは、「口腔育成」・「未病支援」。そして、地域の「リジョイ(楽しい)・クリエイター」

―先生が影響を受けた方はいらっしゃいますか?

私の診療スタイルを変えたのは、先ほど話した2人のお嬢さんです。彼女たちは、もう20歳代になりましたが、まだ来てくれています。今でも、ときどき虫歯をつくってくるんです(笑)。でも、2人の存在が私のモチベーションを保つ原動力となっています。彼女たちのおかげで予防を中心とする診療になり、院内に笑い声が絶えなくなりました。そこが一番大きいですね。また、大学時代に師事した河野篤先生にも大きな影響を受けました。リーダーでありながら、一歩引いたところにいて、学生やスタッフを前に出して自由に動かすというタイプでした。その姿勢を見ていたために、現在の自分のやり方が知らないうちに同じようなスタンスになっているんだと思います。河野先生には、臨床実習の時からお世話になり、その後、教室に残って学位もいただき、開業してからも講師として再び大学に招いていただきました。さらには、結婚にあたって仲人もしていただくなど、公私にわたってすべての道筋をつけていただいたんです。
―先生は、歯科医師になっていかがでしたか?
社会福祉に貢献できる数少ない仕事のひとつで、さらに患者さんから「ありがとう」と言っていただける、まさにありがたい職業だと思っています。大学などで、新人の歯科医師などと話す際にも、「なくてはならない仕事だし、やるとなったら楽しんで働いてほしい」と伝えています。私が基本的にめざしているのは地域医療ですが、専門医としては、ある程度、セカンド・オピニオンなどの仕事もしなくてはいけないと考えています。患者さんの多くは、間違った診断を受けていないと思いますが、時折、ドクターに対する誤解をお持ちの場合があります。それを解くのも専門医の務めですね。
―今後、先生がめざすのはどのような医療ですか?

「口腔育成」と「未病支援」に力を入れるというのは変わりません。もうひとつは、地域の「リジョイ・クリエイター」でありたいと考えています。「リジョイ」というのは、心の底から嬉しい、楽しいという気持ちのことです。待ちに待った第一子が生まれてきたときのあの感覚です。これを健康面から実現するためにお手伝いしたいのです。患者さんには、一時的な治療ではなく、長く健康を維持する意思を持ってほしいと思います。ご自分の歯を大切にし、私たちと一緒にケアしていっていただきたいですね。また、個人的には、せっかく地元にいますので、自分の母校の学校医をしたいという希望を持っています。いまだに校歌も歌えるくらい愛着を感じています。私だけでなく、子どもたちも同じ小学校を出ているので、ぜひやりたいんですが、なかなか実現しませんね(笑)。今は綱島東小学校の学校歯科医として、スタッフ共々、明るく楽しく歯科保健活動をがんばっています